|
|
 |
| |
 |
木原 幹洋先生
日本神経学会専門医、日本内科学会専門医
日本神経学会評議員、日本自律神経学会評議員、日本末梢神経学会評議員
アメリカ神経学会員、アメリカ神経科学会員 |
 |
|
| 昭和55年3月 |
愛知医大医学部医学科卒業 |
| 昭和63年4月 |
MAYO Clinic Research Fellow
(メーヨー病院、ミネソタ州ロチェスター) |
平成 4年1月
|
MAYO Clinic Assistant Professor(メーヨー病院助教授) |
| 平成11年1月 |
近畿大学医学部内科助教授 |
| 平成13年6月 |
鈴木医院 |
|
*メーヨー病院は、全米ベスト10に常時入る病院。ヨルダンの故フセイン国王の
治療や、故レーガン大統領の治療をしている。全米的には癌治療で有名。 |
|
|
| |
| |
| |
私がアメリカで働いていた時、昼食時に医学部長がこんな雑談をしてくれた。「日本では、教授が診断を一度下したら、部下達はこれに異議を唱える事はしにくいということだけれども、それはアメリカでは大きな間違い。アメリカでは、どれだけ自分のミスを指摘してくれる部下を持てるかが、その上司に対する評価だよ。」と言うのである。この言葉は、「白い巨塔」で教育を受けた私にはとても新鮮に聞こえた。
今の日本の医学界には、アメリカのような活気に乏しい。この理由の一つに、上記で述べたような、外からの批判を嫌う日本の医学システムの閉鎖性があるのではないか。さらに悪い事に、日本では、「学閥主義」が閉鎖性をさらに強くしている。最高の医師の生き方の一つは、医学部を卒業し、出身大学の大学院に進み、出身大学の教授となって定年を迎えることとされている。上司に逆らわず、自分の意見は口にせず、ただ指示だけを忠実に守り、周囲を同じ出身校の仲間で固める・・・。
しかし、アメリカは、日本とは全く逆で、同じ大学の出身者が集まるのを嫌い、色々な違った教育を受けた医師達が集まって切磋琢磨し、より良い医療体制を作っている。アメリカで一緒に働いていた私のチームの医師はアメリカ、カナダ、トルコ、オーストラリアなど様々な国から来ていた。
日本でも海外で教育を受けた医師達がもっともっと増えて、世界的な新しい発想で、日本の閉鎖医療に穴を開けてくれたら、日本の医療はもっと進歩する。そして、この閉鎖医療の打破は、何より患者さんを幸せにする。
日本だけが、医療の鎖国政策を続ける事は、世界の流れからはもうできない。だからこそ、次世代の日本の医療を担う国際視野を持った若手医師を大至急育て、来るべき医療の開国に備えねばならないと強く思っている。
しかし、海外で医学を学ぶ事は、けっして容易ではない。日本の医学生は、日本語での医学教育のカリキュラムを消化するだけで大変である。それと同じ勉強量を海外で、英語で講義を受け、現地語で患者を診察して学ぶのだから、その努力は日本の医学生の数倍にもなるかもしれない。
そういう海外の医学部で学ぶ学生を、1人でも多く手助けしたいと思っている。やる気のある学生は徹底的に鍛えようと思っているので、是非ついてきてもらいたい。 |
|
|
| |
|